設問:あなたにとって生き甲斐と呼べるものをひとつ挙げよ。
回答:なんであれ綺麗だと思えるものを、自分で造ること。
出かける前の数十分。帰ってきてから一時間弱。休日とあれば一日中。
専業学生なりに忙しいですが、それでもいつも何かを作っています。
それはレースだったり型紙だったり、服だったり……そんなことをしているから、狭い部屋が余計に片づかないのかもしれませんが。
思えば自分、ずっと昔から何か造るのが趣味でした。
保育園時代の折り紙から始まって、粘土をいじったり、絵を描いたり、物語を綴ったり。
現在のプログラムや数式も、造ると言えば造るものなのかもしれません。その整然と整ったさまを、美しいと感じているのも嘘ではありません。
(もっともコンパイラ、正しい式を打ち込んでも、時々文句を言いますが/本当ですよ)
アンティークと呼ばれる、100年以上前の品々。それらのことを考えるときも、使った人より、造った人に意識が向きます。
大掛かりな工作機械のない昔。貝殻や角に螺鈿を彫り込み、懐中時計の螺子を組み合わせて、目を瞠る精緻なつくりを成してみせる。
その技術には遠く及びませんが、心持ちとしては似ているのかもしれません。
カタチを造っていくときの緊張、完成間近の高揚、間違えたときの落胆。
そうしてようやっと出来上がったときに、抱っこして滅茶苦茶に撫でてやりたいような気分になるのです。
そして、次を造るときはもっと綺麗なものを。際限や到達点無く、そう思うのです。
100年の後にもちゃんと残って、手に取った人が少しでも気にかけてくれるような、そんなものが造れたら。有限生命体の人間としては、そういう野望を抱かずにおれないようです。
生きていく手段として造るのではなくて、生きているから造る。
シンメトリー、フラクタル、秩序あるもの繊細なもの、触れたら壊れそうなもの、自分が綺麗だと感じるもの。
生きていく手段にできたら幸せだろうけれど、そうならなくてもいい。造ることと綺麗なものを愛でること、手放さなければ、自分はきっと幸せでいられる。
そうあれたら良いなと思う今日この頃。
(2007.05.28)